米製薬大手、ファイザーの新型コロナウイルスのワクチン接種が英国で始まるなど海外のワクチン開発が先行する中、国内企業も今月から、相次いで治験(臨床試験)の新しい段階に入る。さらに各社は生産ラインの整備を前倒しで進め、速やかに供給できる体制作りを急ぐ。海外勢に比べ、周回遅れとも指摘される国内の開発状況だが、安全で有効なワクチンを自国生産で複数確保していくことは安全保障上も重要と位置付けられており、国産ワクチン開発を加速させる。
世界最大級の培養装置
高さ数メートル、むき出しになった天井には複数の管が所狭しと張り巡らされている。100人近くの作業員が資材や工具を持ってせわしなく行き交っていた。
遺伝子組み換えタンパクワクチンの治験を今月中に始める塩野義製薬から生産を受託した岐阜県池田町にあるバイオ医薬品製造会社「UNIGEN(ユニジェン)」。同社工場は、今、急ピッチで新型コロナワクチンの生産ラインの整備を進めている。
工場は生産量2万1千リットルの世界最大級の細胞培養設備を備え、現在は仏製薬大手、サノフィの米国向けインフルエンザワクチンの生産を行っている。塩野義は来年末までに、ここで3000万人分以上の新型コロナワクチンを生産できる設備を整える計画だ。
異例のスピード
ワクチン開発には、効果や安全性を確認するための慎重な試験が伴い、実用化の確約もないため、製薬企業が開発途中で生産ラインを用意するのは異例のことだ。しかし、実用化が決まれば速やかに供給できる体制を整えるため、厚生労働省は塩野義など国内でワクチン生産を行う企業を対象に総額予算1377億円の助成事業を決め、企業も準備を進める。ユニジェンの戸田太郎取締役は「自国生産によって国内供給を安定して行うためのプロジェクト。私たちは高品質なものを大量に安定して提供するノウハウを構築しており、国民のみなさんにワクチンを速やかに供給することに寄与したい」と話す。
このほか、mRNAワクチン開発を進め、来年3月の治験開始を目指す第一三共や、不活化ワクチン開発を行うKMバイオロジクス、また、米企業と提携する武田薬品工業なども生産ラインの整備を進める。
安全保障上、二の矢、三の矢が必要
一方、国内企業で最初に治験に着手した製薬ベンチャー、アンジェスは今月、偽薬を用いながらワクチンの安全性、有効性を確かめる第2段階の治験にこぎつけた。次の最終段階の治験は来年以降に行う見通しで、成功すれば認証機関に申請して実用化される。
一方、日本政府は国内での接種を進めるためにファイザーと1億2千万回分(6千万人分)、英アストラゼネカと1億2千万回分、米モデルナと5千万回分の供給で合意している。海外勢に比べ、国内開発が後塵(こうじん)を拝していることは否めないが、アンジェスの広報担当者は「ひとたび世界的大流行が起きれば、自国供給が優先されるのが道理。海外企業に比べ開発の遅れは生じるが、国内で開発する意義は依然大きい」と話し、今後も開発と生産設備体制の構築を進める方針だ。
また、塩野義製薬の手代木功社長も国内企業が複数の新技術でワクチンを開発、製造することについて「国の安全保障上、重要なこと。国がそういった技術基盤を整える枠組みが必要だ」と訴える。アンジェス創業者の大阪大学の森下竜一・寄付講座教授も「ワクチンは効果や副反応を長期的に確かめる必要もある。二の矢、三の矢となる複数種類のワクチンが開発されるべきだ」と説き、国民への供給を支える生産体制についても「設備構築だけでなく、維持にも国の支援が必要だ」と指摘している。